有難うございます

高等部3年  芦田  真枝里

息子がフランス甲南学園トゥレーヌに入学をして、早いもので3年目に入りました。

入学当初は親元から離れてフランスという地で果たして生活が出来るのだろうか?という不安と心配の中、渡仏させた日がつい昨日の事のように思い出します。
1年目の夏は4月から学んだフランス語をさらに慣れさせる事を目標に、十分な語学力もないのに勇気を振り絞り、「語学研修とホームステイ」ということでフランスに残りました。当然そこで待っていたのは言葉の壁でした。のどが渇いて仕方がなくても「水をください」と伝えることができず、「唾を絞り出しながら我慢して寝た」という話を聞くと親としては心を痛めました。これも「かわいい子には旅をさせよ」の言葉もあるのだと自分に言い聞かせました。2年目にもなるとフランスでの生活習慣や言葉にも慣れ、多少のハプニングには全て自己対応ができるようになってきたようです。とは言っても、いつも現地の方々に助けて頂いたりフランス滞在中の同級生の親御さんに助けて頂いたりと、周りの方々の温かいご協力があればこそであったということは、言うまでもありません。保護者を含めての連携が素晴らしいのもトゥレーヌの自慢の一つだと思います。皆様〜いつもお世話になり有難うございます。

今回の帰国は1年ぶりという事もあり、家族みんなお祭り騒ぎ気分で、祖父母も含めての食事会を致しました。その席では、な、なんと、フランス語で挨拶をしてくれました。皆「えー」という声を思わず出してしまい、少しずつですが息子の成長に驚きと少しの感激を得ることができました。最初の不安と心配が一度に吹き飛んでしまった時でした。

多感なこの時期に寮生活を通じ、人との関わり方を学び、ホームステイやフランスの人達との交流で、フランスの文化や習慣を吸収する事が出来ましたのも、現場の先生方や現地の方々のお陰だと心から感謝するばかりです。また、絶対に忘れてはいけないのは、つらい時、楽しい時を共に分かち合った素晴らしい仲間がいればこそ、今日まで頑張れたのだと思います。

今3年生は大学進学に向けラストスパート中です。本人曰く、「大学に進学しても、またフランスの大学で学びたい」と、熱き想いを語ってくれました。うれしい反面少し寂しい気持ちもあり、まだまだ心配がつきないのではと複雑な親心です。

とにもかくにも、どの世界に飛び出そうともこのトゥレーヌの卒業生として誇りを持って頑張って欲しいものです。

「フランス甲南学園トゥレーヌ、有難うございます。」



さてフランスで何を学び何を望む

高等部2年  土屋  公二

「高校はどこに行こう?」「こんな学校があるんだ!」という娘とのやり取りがあってから早いものですでに2年が過ぎようとしています。12月に初めて家族にて学校見学をさせていただき、娘本人も徐々に入学を意識していったことを思い出します。

父親の私はフランスに6年間住んでおりました。家内も数ヶ月滞在しておりました。そんな私たち家族はフランス人の友人も多く、フランスの良さも十分知っております。私が滞在したのは今から20年以上前のことになりますが、今でも毎年必ずフランスを訪れるようにしています。パリだけではなく、南仏、アルザス、ボルドー、ブルターニュなど毎年テーマを決めて旅行に出かけていますが、常々子供が大きくなったら、一緒に来たいと思っておりました。芸術性の高いパリ、どこまでも田園地帯の続くプロヴァンス、食の都リヨン、話好きで早口なパリジャン、さくさくのクロワッサン、私の感じたフランスを娘にも息子にもいつかわかってもらいたい、と、叶わぬだろう夢をいつまでも抱いておりました。私はフランスのことが嫌いな部分もいっぱいあります。しかし、日本の半分しかいない国民の世界におけるフランスの地位、役割は大きく何かを発信する国でもあります。自己主張が強い国民です。やはりそういう部分はすばらしいと思えるし、NOと言えるフランス人から学ぶべきものはたくさんあります。

昨年娘が入学し、入学式にも参加させていただきましたが、その後夏に家族でフランス国内旅行をすることができました。ローカル電車に乗り、フランス人の友人宅を訪れ、クイニアマンを食べ、親子喧嘩をし、娘は夏休みの宿題もそこそこに、学校に戻っていきました。パリが第2の故郷であった私は、サンシール・トゥールが第3の故郷になりつつあります。とても良い環境の地でのびのびと生活をし、学業にいそしむことができるこの学校の生徒はなんて幸せなんだろう、と、私たちだけが感じているだけでなく多くの人達から言われます。

しかしよく考えれば、本人たちはそれなりにつらいだろうなと想像がつきます。日本にいれば、携帯電話を持ち、自由にネットを使い、派手な服を着て繁華街に出かける、テレビドラマを見て、好きな音楽を聴いて、だらだらとした生活を送ることができる、これが自由だ、若者の特権だと感じることができる。何もホームシックに悩んだり、言葉の壁にぶつかったり、寮生活をしなくてすむのですから。また、夏休みも冬休みもあるのだから、日本の一般的な生活もその長期休暇の間にできるわけですが、このギャップは子供たちにとってはちょっときついかもしれないと思うこともあります。この子達はフランスで生活している間に、学習のほか言葉や文化だけでなく、様々なことで悩み、また成長していくことと思います。それはもはや、私たちの手の届くところではありません。万が一、悩み疲れてしまった時は、親として「もういいよ」って声をかけてあげたいと思いますが、そんな日が来ないことを望むのもまた、親の本音でもあります。彼らが「フランスでの高校生活は良かった」と思えるには、きっと5年10年の年月が必要になることでしょう。

振り返ってみれば自分自身描いていた夢はこんな形であっさりと叶ってしまい、旅行に一緒に行けて幸せだなーと思ったのもつかの間、人というのは次なる夢がまた沸いてきてしまうものです。「いつの日か私のつたないフランス語を超越し、旅先で通訳をしてくれるようになってもらいたい、旅行の計画を立てて親を招待してもらいたい」などと、またまた大きな夢を抱いてしまいました。

高校生という多感な時期に、勉強はもちろんとても大切ではありますが、仲間や家族を思う気持ちや、笑顔、挨拶、健康はもっとも大切なことであり、それらをこの時期にしっかりと身につけていただきたいです。先生方も生徒たちも、この大切なものを失わないで、毎日元気に過ごしてもらいたいと願ってやみません。こんな環境を作ってくれている甲南学園に感謝をするとともに、いつも存続してもらいたいと心の底から思います。



ある日、突然

高等部2年  畔柳  裕子

娘はどちらかと言えば、要領の悪い子です。これでは日本の受験競争はつらいなあ、と常々思っていました。一人っ子でついつい手をかけすぎ、娘の答えを待てずに口を出す、という悪いパターン。高校進学を考える時に娘にとっていい学校とはどんな学校だろう、とインターネットで探し回り、フランス甲南学園トゥレーヌの存在を知りました。こんなところで学ばせてやりたい、娘もどんな学校か見てみたい。そこで3年前の8月下旬、オープンカレッジ期間中のフランス甲南学園を訪れました。初めてトゥール駅に降り、駅前のバス路線図を見るとバス停の名前の下に(Lycée Konan)と書いてあります。タクシーに乗り、拙いフランス語で「リセコーナンを知っているか」と聞けば、「Bien sûr!(もちろん)」と返ってくる。地元にしっかり受け入れられているんだ、と見学に来ただけなのになんだかうれしくなりました。

学校では、既に二学期の授業が始まっていたので、英語、フランス語、古文などの授業の様子も見学させていただき、特に語学はこんな少人数で教えていただけるんだ、と感動しました。そしてフランスに存在しているメリットを生かした教育、地元に受け入れられ、たくさんの人たちと交流できる。こんな学校は他にない!と確信しました。カンティーヌで在校生に混じってランチをいただきましたが、皆、礼儀正しく、でも人懐こく「入学するの?」「おいでよ!いいとこだよ。」と話しかけてきたり、「学校は楽しい?」と聞けば「うん、大変だけど楽しいよー。」「最初の3ヶ月がきついかなー。でもそれを過ぎたら楽しくなるよ。」と本音を聞かせてくれる。いい学校だな、と思いました。

でも、娘は高校進学の時点で迷いに迷って結局、日本の高校の普通科国際コースへ進みました。もともと英語は得意とは言えないかもしれないけれど大好きだったので。

ところが、高校生活も半分が過ぎた昨年10月のある日、突然「お母さん、学校を辞めたい。」「どうして?」「何か、違うと思う。ここは私のいる場所じゃないと思う。」「辞めてどうするの?」「フランス甲南学園へ留学させて欲しい。今からでも編入できるでしょう。」

驚きました。山のような宿題もギリギリこなしていましたし、いい友達にも恵まれて楽しそうに見えました。ところが、娘は語学をコミュニケーションの道具と考えていたのに学校は受験の道具として扱い、国際コースとは名ばかりで留学なんかしていたら受験勉強で遅れをとるというのです。英語といっても難関大学の入試問題ばかりやらされ、最低でも○○大学に合格しろ!と毎日のように言われ、「ちょっと違う。」と。目標設定が違っていたのです。

少し回り道しましたが、フランス甲南学園は娘が再び悩みに悩んで、自分からここならがんばれる、と選んだ学校です。

コミュニケーションの道具として語学を学ぶには最高の場所だと思います。

苦労を重ね、こんな素晴らしい学校を作り上げて来られた先生方に感謝するとともに娘がここで学ぶ機会をいただけたことにとても感謝しています。

そして、編入生の娘をあたたかく迎えてくださったL2のみなさんにも感謝いたします。今後ともよろしくお願いいたします。



有意義な3年間を願って

高等部1年  足立  和泉

娘の強い希望を叶える形で決断したフランスでの高校生活。主人と私は心配と寂しさいっぱいの気持ちで出発の日を迎えました。

入寮翌日初めて娘の部屋へ行ってみると、もうほぼ荷物の片付けが終わり綺麗に整えられ、昨日出会ったばかりの同級生とも仲良く話していました。そして、「大丈夫だから心配いらないョ」と、心配ばかりしている私は逆に娘に励まされて帰国しました。

それからは学校のホームページチェックが日課であり、楽しみとなりました。娘が入学前からホームページを見て、入部を決めていた「和太鼓部」の公演に、入部間もないのに連れて行って頂いている様子を見て、「楽しそうに頑張っているなあ」と安心したり、パリ研修・体育祭・ボルドー研修等の写真では、日本の高校生活では体験できない事だなあとフランス甲南学園での有意義な高校生活に嬉しく思いました。

そんなやっと安心した頃に、突然の4年後の閉校の発表。大変驚き、ショックを受けましたが、何とか撤回して頂けないのか、今後の学校生活がどうなるのか、多くの疑問を同じ気持ちの高1の保護者の方々とお話させて頂いたり、高2・高3のご父兄のご意見を伺ったりして内に親が動揺する事なく、夢や意欲を沢山持って、始まったばかりの子供たちのフランス甲南学園での生活をこのままいい環境で続けていけるように考えていかなければならない、と気持ちを落ち着かせました。

後期からはコース別の授業・地元クラブでの活動・ホームステイ等が始まろうとしていて、入学前から楽しみにしていたフランス甲南学園での特色ある教育を受けて行こうとしています。「行かなかったら後悔する!」とまで言って留学を考え始めた中2の夏頃から全く思いが揺らがなかった娘の気持ちをこれからも応援し、いつも身近で支え教え、時には厳しく指導して下さっている先生方・寮母さん・先輩方・同級生の友達・ホームステイ先のご家族に感謝しつつ、フランス甲南学園でしか出来ない高校生活を積極的に充実したものにしていって欲しいと願っています。


フランス甲南学園トゥレーヌ



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